【第26回】デジタルとアナログのハイブリッド経営 (有)二軒茶屋餅角屋本店 代表取締役社長 鈴木 成宗氏 (三重)

鈴木社長

(有)二軒茶屋餅角屋本店 代表取締役社長 鈴木 成宗氏 (三重)

伝統の二軒茶屋餅

二軒茶屋餅

 (有)二軒茶屋餅角屋本店(鈴木成宗社長、三重同友会会員)の創業はおよそ430年前の天正年間にさかのぼります。当時の伊勢参宮には、伊勢湾を舟で横切る「舟参宮」のコースがありました。同社は、この船着き場に生まれた茶店で、茶菓子にきな粉餅を売っていました。向かいにもう一軒、湊屋という茶店があり、二軒の茶店から「二軒茶屋」という地名が付きました。そして自然と角屋の餅は、「二軒茶屋餅」と呼ばれるようになりました。

 今でも昔ながらの製法にこだわり、保存料を一切使用していない餅は、伊勢の伝統の味となっています。現在は、地元の方々に手土産として買っていただくことが多く、地元に愛されて根付いていったこの430年というのれんは、後発のものに永遠に超えることのできないものとなっています。

 現在は、(有)二軒茶屋餅角屋本店として営業を行い、社長の鈴木氏は創業者から数え、21代目となります。

地ビールへの新規参入

クラフトビール

 経営環境がたちまち激変してしまうような今の時代であっても、本店のみの営業で、職人の長年の勘で製造量が決まり、来店したお客に対して販売し、もし足りなければ作り足しをするという古きアナログ的な経営を行っています。すでに安定した経営環境となっている同社は、今の規模、今の形を継続するだけの家族経営をし続けるのであれば、十分に次世代へ継承することが可能です。しかし、鈴木氏は組織的により安定した企業経営を行うには、新たな事業の柱を作る必要があると考え、新事業を展開し、自らが持つ可能性に挑戦することを決意します。

 同社は、18代目から味噌・醤油の醸造事業を行っており、100年に渡る醸造の経験があります。そこで目を付けたのが、1995年の酒税法の規制緩和により小規模の醸造が可能となった、ビール事業です。当時は多くの酒造メーカーや第三セクターが参入をし、どのようなビールであろうと、作れば売れるという状態でした。

 鈴木氏は、「すぐにこの一時的なブームは去り、品質が求められることになる」と予想し、1997年の参入時からターゲット層を、今まで大手ビールメーカーのビールを飲んでいた人ではなく、クラフトビールが好きな人に絞り、品質世界一を目指し研究を重ねていきました。クラフトビールの市場も鈴木氏の予想通りに、1998年を頂点とし、それからたった5年で一番底を迎えることとなりました。その後、根強いクラフトビールファンが徐々に増えるに従って、市場は徐々に拡大していき、品質が問われる時代がやってきます。そこで、一気に日本にある約300社の地ビールメーカーの明暗が分かれました。

 鈴木氏が目指した、一見あいまいであるこの「品質世界一」という基準は、「すでに日本より先行している世界一のクラフトビール市場であるアメリカの大会で優勝することが世界一の品質である」と明確化され、最短ルートを通るために自ら勉強し、世界大会の審査員資格を取得します。この審査員資格の取得が、世界品質の基準把握だけではなく、多くの世界的に有名な審査員や評論家との出会いにつながり、よりリアルな情報をタイムリーに得る事ができるようになりました。そしてその成果は、2000年のJapan Beer Cup で金賞を受賞したことを皮切りに、2003年には日本企業で初めてとなるAIBA(オーストラリア国際ビールアワード)金賞を受賞することになり、その後も世界各国の大会でさまざまな賞を受賞することになりました。現在、組織化された社内には、3名の審査員資格取得者が在籍し、より一層明確な基準と品質に関する意思疎通のもと、新しいものを求めるファンに向けて、年間約40種類もの新作クラフトビールを作っています。鈴木氏の挑戦は、「伊勢から世界へ」「グローカル企業を目指す」の合言葉とともに、国内に留まらず、世界へ伊勢角屋麦酒のファンを広げています。

創業と伝統

社屋

 全国でも銘菓分類では6番目に古い同社の昔ながらの製法を守りながらも、18代目は味噌・醤油、21代目は地ビールへと、それぞれの世代において、挑戦するということを忘れていません。そして、味噌・醤油という醸造業を営んでいたとはいえ、まったくの素人から始めたビール事業は、今となっては同社の柱の一つとなっています。

 ビールに関する書籍に囲まれる中、鈴木氏は「どんな物事であっても、皆最初は素人です。専門書を7冊読み込めば、本当の専門家と議論ができるレベルにはなる。それが、プロへの道を歩み始める初めの一歩だと考えています。私は多くの地ビールメーカーを見てきましたが、ビールを作る基本すら学んでいないところもある」と言います。21代目でありながらも、自らの手で新規事業を創り出し、学び挑戦し続けるという姿勢が成功への鍵となっています。

 創業者と継承者という、全く正反対の立場を持つ鈴木氏は、「徐々に企業としての組織体をためしつつあるビール事業と古き良き伝統を守り続ける家業である餅屋、このデジタル的な経営とアナログ的な経営が互いに良い関係で同居することで、組織経営と家族経営の良いところ、悪いところが見えてきます。そして、この2つの側面を持つからこそ、経営者の視野がさらに広がり、顧客のニーズを捉え、新しいイノベーションを起こすことができています」と語ります。

 「守る世代と攻める世代がいてこそ、事業は長く続き、伝統を築いていく」と言う鈴木氏の言葉は、“伝統は革新の中に存在すること”を強く物語っています。

会社概要

創  業:1575年 
事業内容:餅菓子の製造販売、地ビールの製造販売、
     地ビールレストラン・麦酒蔵(びやぐら)経営、味噌・醤油の製造販売
従業員数:70名
所在地:三重県伊勢市神久6丁目8-25
TEL:0596-21-3108
FAX:0596-21-3109