【第1回】労働組合は会社への期待の裏返し(株)エースベーキング 取締役営業本部長 吉田 昌容始氏(愛知)

吉田氏

(株)エースベーキング 取締役営業本部長 吉田 昌容始氏(愛知)

 (株)エースベーキング(吉田昌容始取締役、愛知同友会会員)は、最高級食パンと銘打った業務用パンの販売を行っています。主な取引先はホテルやレストラン、喫茶店などで、スーパーやコンビニでは味わえない、添加物を極力減らした職人の技術が光るおいしいパンを関連会社のエース・ブレッドと共に追求して販売している会社です。吉田氏は、同社の3代目となる後継者です。

労働組合の設立

パン2

 吉田氏は、大学卒業後に勤務した大手銀行のノルマに厳しい世界の中で、数字や実績を残し続けなければならないという考え方を植え付けられます。

 2001年に銀行を退職し、父の会社である(株)エースベーキングに入社。入社当時は、10期連続で売上はマイナス、社員は全員年上、社員の仕事に対するやる気はあまり感じられない雰囲気でした。

 そんな中、吉田氏は、「自分が会社を変えてやる」という意識で、朝早くから夜遅くまで働き、社員を自分の言う通りに動かそうとばかり考えていました。2004年には取締役営業本部長に就任します。

 翌2005年は、愛知万博の好景気に後押しされ、売上が一時的に増えますが、来期以降、どうすればこの売上を維持できるのか悩んでいるときに同友会と出合い、「売上を上げるためのツールや、テクニックを学べる」と思い入会をしました。

 同友会に入会後、経営指針の作成方法を学び、さっそく社員と作成し、実践します。しかし、このときの経営指針書は9割が計画で、会社の基礎である経営理念はお飾りのようなもので、売上を上げるためのツールとしか考えていませんでした。 

 指針を作成して、一時は理想の会社になろうと社内の雰囲気は明るくなりますが、3カ月が過ぎたころ、将来を期待していた社員が、「子供が骨折しても病院に行けない、友達の結婚式にもいけない、仕事も大切だが、家族も大事にしたい、経営指針書に書いてあることがまったく実現されていない」と言って退職していきました。また、時期を同じくしてがんばってくれていた嘱託社員も辞めてしまいました。業績も悪かったため、人員を補充することもできないままに業務を行い、一人ひとりの負担が増え、社内はピリピリした状態になってしまいました。

 そして、追い打ちをかけるかのごとく、サブプライムローンの破綻と、トヨタショックによる景気低迷などから原料高になり、業績が悪化していきます。そこで、社員の給与を削減しようと発表したところ、ついに社員の不満が爆発。その1カ月後の2009年3月に労働組合が結成されました。

 しかも、その労働組合の組合長と副組合長は、自分の事を理解してくれていると思っていた社員でした。その思いとは反対に、労働組合結成通知書と要求書が突き付けられます。「信じていた社員に裏切られた」というショックと「全員解雇してやろうか」という憎しみの感情が湧き、出口の見えない状況に陥りました。

経営者の役割を知る

社内の様子

 しかし、労働組合発足後、吉田氏の価値観を変える出来事が起こります。一つは、その年の9月11日に起こった奥穂高岳に防災ヘリが墜落した事故で小、中学校の同級生を亡くしたことと、数日後の9月24日に、待ち望んでいた吉田氏の長女が誕生し、自分の命に代えても守りたいものができたことです。身近な人の「生」と「死」に直面して、初めて、「人は何のために生きるのか、きっと社員にも同じように、家族や友達があるのだと感じ、人の命について深く考えさせられた」と吉田氏は言います。

 二つ目は、同友会の活動で室長として初の担当例会の企画の中のことです。企画リーダーにイライラしながら、何度も「自分でやった方が早い」と思っていました。しかし、自分の役割はそのリーダーを育てることだったため、信じて任せるようにしました。結果、例会は大成功に終わり、そのリーダーの成長が、自分が成長する以上にうれしいことだと実感することができたのです。この経験をきっかけに、会社でも同じように社員の事を信じて任せなければならないのだと気付き、意を決して組合幹部を自分の直轄の部下にし、徹底的に向き合う姿勢をつくりました。

 三つ目は、経営指針成文化セミナー(理念編)に参加し、「あなたの指針書や経営には社員の事が一切考えられていない」と指摘されたことです。講座では労使見解を元に「何のための会社なのか」「会社を経営するのは誰なのか」「社員とどう向き合っていくのか」を深く考えさせられたと吉田氏は言います。

社内の様子2

 このセミナーを受けたことにより何よりも経営者としての姿勢を正し、覚悟を持つことの大切さを学び、会社の基礎となる経営理念を成文化します。社員とその家族を守れる会社、将来を託せる会社に社員と一緒になってつくっていくことを固く決意し、組合幹部にも伝えて行きました。

 さらに、「もう一度、経営理念を根幹にすえた経営指針書を作成しよう」と組合幹部と共に考えながら取り組みました。その過程で、吉田氏は社員と徹底的に向き合いました。社員の事を誠心誠意理解しようとする姿勢が社員にも伝わり、社員も自分自身の仕事に責任を持つようになり、徐々に変わってきました。

根底に必要なもの

 労働組合から突き付けられた要求書の9項目の内8項目をこれまでに実現させてきました。また、組合長からは、「これから組合活動を続けるべきなのか」という質問も出てきましたが、吉田氏は、「労働組合があってもなくても、良い会社にしていきたいという思いは変わらないし、万が一私が道を踏み外してしまった時の抑止力として、あっても良いのではないか」と伝えました。

 「労働組合ができることは、社員はこの会社に対して期待していることの裏返しです。普通なら、会社や上司に対して不満があれば、会社を辞めていきます。その選択をせず、この会社で働き続けるために、『この会社を何とかしたい』という思いで労働組合を結成しているのです」と吉田氏は言います。

 「社員の心の声をしっかりと受け止め、社員一人ひとりを人間として尊重する経営者の姿勢と覚悟を社員に示すことが信頼関係を築く出発点であり、その考え方が根底にないと、いくら手法を学んで実践しても何も解決しない」と語る吉田氏の姿に、同友会の先人達がまとめた労使見解(中小企業における労使関係の見解)の確かさ、共に育つということの重みを確信しました。

社屋

会社概要

創 業:1965年
設 立:1979年
資本金:2,000万円
年 商:11億1,000万円
事業内容:食料品の販売(主要品目:パン・菓子)
従業員数:正社員51名、嘱託(定年後)1名
URL:http://acebaking.jp/

関連会社:株式会社エース・ブレッド
事業内容:食料品の製造(主要品目:パン・菓子)
従業員数:正社員24名、パート30名