【第37回】社員の生活大切にする運送会社へ (株)大伸運輸 取締役 沖野 美和子氏(山口)


家族経営からの脱却

沖野美和子氏

 下関市は港町として栄え、かつては年間水揚げ量日本一となるほど盛んな水産業と共に発展しました。下関市の彦島に、主に生鮮食品を運ぶ運送会社のひとつが(株)大伸運輸(沖野美和子取締役、山口同友会会員)です。

 沖野氏が入社したのは1998年、ご主人である現社長が世代交代したタイミングでした。業界特有の雰囲気なのか、ドライバーが仕事を選り好みしてしまい、営業である配車係が集めてきた仕事の指示に従わず、荷物が残ってしまうようなことも多くありました。親族を含め先代からの従業員も多く、「だれが社長かわからない」という雰囲気に、沖野氏は社内で違和感を覚えていました。

 その上、会社は莫大な借金を抱えており、その返済のためにも、まずは経費削減と給与の見直しを行いました。「今考えると、同友会の学びとは相反することでしたが、その時は経営を立て直すために、社員の都合より経営者の立場を優先し会社のことだけを考えていた」と沖野氏は自戒を込めて振り返ります。

社員をパートナーとするために

社屋

 給与削減には反発も出ました。そのためかもしれませんが、当時売上の大きなウエイトを占める福岡営業所の所長・ドライバーを他社に引き抜かれました。本社でも賛同できない社員が辞めていきました。運送会社の場合、社員(特に配車係)が辞めて別会社に移ると、お客様も一緒についていってしまうことがあります。一時は「倒産」を覚悟したほどのダメージだったようですが、粘り強く説明し、理解者とともに借金も全額返済することができました。

 沖野氏いわく「一から、いやマイナスからのスタート」となったわけです。もともと先代が友人から譲り受け、新たに参入した会社です。周囲からの嫌がらせにも耐えながら、新参入の強みで旧態依然な業界に巻き込まれず、知恵と行動力で先進的な仕事を始めることにつながりました。

車両

 同社では、全ドライバーを社員として雇用し、一人1台ずつ自社トラックを管理しています。このことが社員のプライドと意識を向上させ、周囲からはドライバーの仕事ぶりが評価され、「うちの荷物を運んでほしい」と言われるほどの信用を得られ、「選ばれる会社」にまで成長することができました。

 沖野氏は、山口同友会へ入会して労使見解(中小企業における労使関係の見解)を学んだことで「社員とパートナーになる方向が会社を発展させる。今までやってきたことに間違いはなかった」と、今日まで続けてきた経営の裏づけが自信に変わり、さらなる会社変革の原動力になりました。

社員の家族のための経営

社内

 運送業界は繁忙期と閑散期の波が激しく、会社もそれに伴い給与も大きく変動していました。社員の給与が毎月安定した額になるよう、毎月安定的に発生する仕事を受注するように方針を変えていき、また社内でも仕事に偏りがないよう仕事配分も見直しました。安定した給与は生活設計に大きな影響を与えます。「社員の家族から『おかげで住宅ローンが組むことができました』との社員の言葉に、会社の方向性が家族にも賛同されていく手ごたえを感じた」と沖野氏は言います。

 しかし、運送業に関する規制は年々厳しくなっています。その中で経営を安定させ、いち早く荷主への与信管理を行ったことで、当たり前のようにあった貸し倒れや不渡りなどのリスクを回避することができました。そこにかけたコストは、トラック輸送でありながらフェリーでの移動を積極的に取り入れるなど、ドライバーの負担軽減に変わっていきます。ドライバーの間では会社を超えた情報ネットワークがあり、“社員を大切にする改革”を聞きつけた人たちが集まってくるようになりました。仕事が仕事を呼び、人が人を呼ぶという好循環が生まれたのです。

 沖野氏の改革を成功に導いたのは、社長であるご主人の理解でした。まだまだ男社会の運送業界の中で、社長夫人というポジションではなく「女性目線」「家族目線」を生かしながら、バランスよく役割分担をしたことで、社長の「暗黙の了解」という最大の信頼を導きだしています。

 今後のビジョンの中に「関西圏での物流拠点を構築すること」があります。関東との中継地点を作ることで、ドライバーの拘束時間を短縮することが主な目的です。女性目線で「社員の生活」を大切にする経営戦略を次々と打ち出すことで、難局を乗り切ろうと奮闘する沖野氏にこれからも目が離せません。

会社概要

創 業:1966年
設 立:1977年
資本金:1,000万円
事業内容:冷凍車による食品輸送(冷凍、チルド品、青果)
従業員数:30名
所在地:山口県下関市彦島塩浜町3丁目14-44
TEL:083-267-3770