【特別版】社員の幸せのための経営 竹内襖材(株) 代表取締役 竹内 武司氏(愛知)

竹内社長

竹内襖材(株) 代表取締役 竹内 武司氏(愛知)

(第3回人を生かす経営全国交流会報告集より転載)

会社の発展は社員の幸せの中に

 当社の仕事は、「竹内襖(ふすま)材」という社名の通り襖材を製造しております。もともと私が父親とともにやってきたのは襖の下地づくりです。襖は木製の格子状の骨組みがあり、その両面に紙を張って作りますが、その骨材を作っていました。たかが襖の下地ですが、平安時代から連綿と受け継がれてきたものが、ここ50年で大きく変遷しました。その時代の変化に合わせるため、襖の完成品部門を始めました。今後は、襖や木製建具だけでなく畳やカーテン、クロスなど、リフォームを含めて内装工事全般を取り扱える会社に向かって進んでいます。

 このように会社を発展させていくためには、まず社員が幸せでないといけません。仕事を任せられ、自分で考え行動する。私はそんな人間的な自立のなかに幸せがあると感じています。私がただ愚直に同友会で学び懸命に取り組んできた経験を報告します。

難しい人の問題

 中小企業の経営者は、人生を濃く生きられる場所にいると思います。なかでも一番神経を使うのは「人」の問題ではないでしょうか。私の場合も、独り立ちしたころは人手不足の時代が続き、うちのような会社に来てくれる人はいませんでした。

 しかしあるとき、紹介してもらい、若い社員が入社しました。それを契機に愛知同友会に入会しました。同友会に入会して間もなく「三河支部経営計画研究会」を立ち上げ、勉強会を持ちました。熱心に取り組んだのですが、思うようにできず悩んでいました。
 
 そんな時期に、同友会の役員をやったことがきっかけで、先輩の助言をいただき経営指針の成文化にこぎつけました。この1992年に考えた方針の方向に沿って、現在も進んでいます。

だれでもわかるように伝える

 経営指針書を成文化してから、社内への浸透にも気を使いました。年配の襖職人に、こうした理論的なことはなじまない雰囲気がありました。そこで、小出しに時間をかけて伝えていきました。このことにより、方針や戦略など、道筋が自分の中で整理できてスッキリしたことは意義深いことでした。

 1997年には、取引先や銀行を招待して経営指針発表会を開催するようになりました。バブルが弾けたときで、新卒者が来てくれるようになったので、この際レベルアップした理想的な会社をめざそうと思ったのです。

経営理念の温度差

 そのとき二つの目標を立てました。一つは、「給料を2倍にする」こと。もう一つは「襖以外の第二の柱を立てる」ということでした。しかし、バブルがはじけ、一年遅れで建築不況がやってきました。結果は給料倍増どころか、給料カットに追い込まれたのです。

 このことの最大の原因は、工場長をはじめ社員たちと「やるぞ」いう強烈な意気込みを共有できなかったことだと思います。私はすごく落ち込み、社員に顔向けできない気持ちでいっぱいでしたが、社員ははじめから「無理だろう」と思っていたのを知って落胆しました。社長と社員の思いの温度差は絶対にあり、ここが経営の要点だと思います。

理念で結ばれた出会い

 人材を確保したいと思い、思い切って愛知同友会の共同求人に参加することにしました。それは1994年のことでした。初めての求人活動でしたが、講師や先輩たちの丁寧なリードにより採用活動をすることができました。とはいうものの、うちのブースになかなか人が来てもらえませんでした。

 当初はそのような状況でしたが、当社では理念採用をめざしています。これは、会社の考え方とか方針を聞いてもらって価値観の合う人を採用するものです。

 このように理念が共有できる人であれば、一丸体制にまとまりやすい会社になるわけですから、理念に賛同してくれることは重要です。人を採用するということも難しいことです。双方の合意があっての成立ですから、片想いでは来てはもらえません。皆さんが喜んで入社してくれるような会社にするにはどうするかが問われます。

採用は会社を強くする

 共同求人活動は「学習」というよりも「実践」ですので、生きた勉強になりました。求人委員会の理念は人が採れれば良いという考えでなく、採用を通して経営体質の強化が狙いです。
 採用の考え方やポイント、気をつけることなどの方法論はすぐ教えてもらえるので、それに沿って自社の理念を組み込んでいくことがポイントです。

 共同求人では、「新卒者が半数を超えると会社が変わる」といわれています。当社は現在、3分の1くらいですが少しずつ変わりかけていると思います。

 何事もすぐにはいきませんが、たゆまぬ努力の積み重ねが少しずつ会社を変えていくと信じて、やれることを実行していくしかないのです。

2回入社したA君とB君

 当社は「家庭的でなごやかな会社ですねえ」と業者の皆さまに言われます。そのせいか、辞めていった社員がしばらくたってもう一度戻ってくることが珍しくありません。ここで、A君とB君の事例を紹介します。

 A君は「世間の荒波にもまれて成長して帰って来た」という感じがしました。なぜうちの会社が良くて戻ってきたのかと聞くと「『仕事の内容』もあるけれど『雰囲気があたたかい』」というのです。他の会社は、「仕事をして給料をもらう場」という雰囲気が強いようです。社員の居心地が良いということは、働きやすいということですので良いことだと思います。

自分で考え行動

 また当社では、毎朝屋上でラジオ体操を行っています。かれこれ30年くらい続き、当時の郵政省から表彰を受けたものですが、こんなことがありました。

 「体操の時間は、就業時間に含むのか含まないか」ということで議論になったのです。含むなら給料をつけてもらいたいし、給料がつかないなら強制しないでもらいたいという意見が出てきました。そんなこともあり、長い間、始業の直前から体操を始めていました。当然自主参加ですので、中には参加しない人もいます。

 しかし今年の春からは、始業直前でなくもっと早く始めて、「始業前の準備時間を作りましょう」という提案をB君がしてくれたのです。そこで思い切って始業の20分前から体操を始めることにしました。朝のこの時間の20分の繰上げはきついのではと思います。

 私は以前のような話が出るかもしれないと密かに心配していました。しかし今回は、そのような話もなく、社員全員が前向きに協力して受け入れてくれました。ささいなことかもしれませんが、当社も「少しずつ良くなってきていると感じられる一コマ」と受け止めている次第です。

65歳の新規社員Cさんの新商品

 今、当社には「やわらぎスクエア」という実用新案の新商品があります。これを発案したのが65歳で新規採用したCさんです。なんでも、災害時の避難所の「簡易間仕切り」で、体育館で雑魚寝をしている人々の様子をテレビで見て、当社で作っている襖下地を利用して間仕切りをしてあげたらプライバシーが守れて皆さんに喜ばれるのではないかと思ったそうです。「それっていいねえ」と私も大賛成して、製造が始まりました。

 そしてしばらくして起こったのが3・11の東日本大震災です。早速、被災地の皆さんに使ってもらえるチャンスだと考え、トラックをチャーターして30セットを宮城県石巻市に送ることができました。当時は、被災地に一般のトラックはまだ入れない時期でしたので、あちらこちらと苦労してルートを探しました。

 日本の一大事に遭遇した私たちが自社の商品で直接的に被災されている方々に貢献できたことは、会社の誇りにもなりました。商品を乗せたトラックが出発するときには、社員全員が仕事の手を止めて拍手をして送り出したのです。少しでもお役に立てて良かったです。後日、震災の緊急対策本部から感謝状もいただき、良い経験になりました。

頑張り屋の知的障害のD君

 当社では、毎年、私の母校の中学校から依頼されて特殊クラスの職場実習生を受け入れています。それがきっかけで、その学校の先生から頼まれ、知的障害のD君を採用しました。D君は入社して今年で6年目になりますが、休まずに元気に勤務しています。

 しかし、D君は集中力が続かないのですぐにボヤーとしてしまいます。ですから会社に来た初めのころは他の社員から、「邪魔になるから辞めさせてくれ」という苦情が絶えませんでした。しかし、しかられてもしかられてもD君は休まないし、少々熱があっても「熱が38.5度以下なら僕は休まない」と自分で決めているようです。そういった頑張り屋のところを買って社員に協力してもらってきました。

働くことは喜び

 D君は難しいことはできませんが、単純作業は難なくこなします。社員もどういう人かわかってきたので、社員の一員として溶け込んでやっています。あるとき、D君に名刺を作って持たせたことがあります。早速、近くの行きつけの洋菓子屋さんで嬉しそうに名刺を見せたそうです。

 また、クラス会では先生に早速名刺を差し出したそうです。「先生、なんかやることないですか」と率先してみんなの面倒を見てくれて大変助かったという先生からのお礼の電話で知りました。 

 2012年、思いがけず障害者を支援する「愛知県特別支援教育推進連盟」から表彰を受けました。気長に取り組んできたことが、本人のためにも会社のためにもなった一例です。このような知的障害の方が6年同じ所で勤続するということは、ほとんどないことだそうです。こういう子たちが大勢いて、その子たちの教育に熱心に取り組んでいる人々の存在も知った次第です。

同友会で学んで人を生かす

 このように同友会で言う、経営指針の確立から共同求人で人を採用して、共育ちをする会社をつくる、いわゆる「三位一体」の経営を行ってきました。私は思うのですが、ヒト・モノ・カネの、「ヒト」という経営資源は他に比べて重要かつ幅広く、有能でもあり無能でもあり、こんなにつかみどころのない難しいものはありません。

 また、経営者と社員は立場が違うので、相対しがちなところもありますが、同じ会社という船に乗っているのだから運命共同体といえます。

 そのことを忘れて船の上でお互いに争っても、なにも始まりません。同じ船の上にいることを認め合い、力を合わせることが、船の進み具合を促し、楽しく目標に向かうことができるというものです。

 会社の理念や方針を示した経営指針はそのためになくてはなりません。「ヒト」の採用は一緒に乗船する乗組員を増やすことです。私たちは取り立てて教育時間を取れませんが、日々の仕事を通したコミュニケーションのなかから人として大切なことを学びあっていると思うのです。 

ダイヤはダイヤで磨かれる

 このように、私はただ愚直に仕事に取り組んできましたが、いつの間にか縁ができ世間が広がって、いろんなところにも出向くようになりました。その原点は同友会といえます。同友会を起点として、さまざまな勉強をさせていただくことができました。感謝しております。

 当社の経営理念「志善至幸」(しぜんしこう)は人間性尊重の経営思想を込めてつくりました。人の尊厳をフルに発揮することをが「人を生かす経営」であり「社員の幸せのための経営」になると思います。「ヒト」は磨かれることによって「人」となり輝きを増すのです。「ダイヤはダイヤでしか磨けない。ヒトは人でしか磨けない」という私の好きな言葉を申し上げて報告を終わらせていただきます。

会社概要

創 業:1964 年 
資本金:1,000万円
年 商:3億8,000万円
従業員数:40名
事業内容:木製建具工事、フスマ工事及びフスマ材料の製造・卸・販売
URL:http://www.take-fusuma.co.jp/