【第14回】地域から必要とされる会社になるために (株)給材 代表取締役 宮崎 伸洋氏(新潟)

宮崎伸洋社長

(株)給材 代表取締役 宮崎 伸洋氏(新潟)

家業を継ぐ

社屋

 (株)給材(宮崎伸洋社長、新潟同友会会員)は、1968年に宮崎氏の父親が学校給食の食材を扱う問屋「新潟給材」として創業しました。自宅の1階が会社で、子どものころから両親と社員の働いている環境で高校卒業まで生活していました。宮崎氏は、高校卒業後、同社へ就職しました。両親の背中を見て育ち、小学生のころには家業を継ぎたいと思っていました。ちょうどバブル時代にありましたが、学校給食業界には、まったく恩恵はありませんでした。

配送センターの中

 新潟は、全国的に給食専門業者が多く、必然的に競争も激しい地域です。昔も今も日本有数の入札価格激戦地で、価格は下落一直線。業者間で価格調整なんて事は一切ありません。粗利3%なんてことも多々あり、10%粗利がとれるだけでも良いという業界で、働く環境は今も昔もとても厳しい現状です。

学校給食の先頭を走る

こだわりの自社商品

 宮崎氏が入社3年目のころ、このままではいけないと、新たな取り組みを始めました。「学校給食=安心安全」をテーマに、取扱商品をNB(ナショナルブランド)から、こだわり商品へ少しずつシフトしていきました。それと同時に、自社商品の企画を進め、価格決定権を持てる商品を増やし、現在に至っています。

 たとえば、食品添加物の不使用が上げられます。添加物「重合リン酸塩」は、カルシウムを体外に排出してしまいます。せっかく栄養士さんが献立を作り子どもたちに食べてもらっても、こんな添加物が使われていれば机上の計算にしかなりません。そんな思いから取扱食品を同業とは違う路線に進め始めました。その動きに同業社も追随していくなか、同社は次々と新しい取り組みにチャレンジしています。

本当に大切にしなくてはいけないもの

社内の様子

 宮崎氏は2007年に新潟同友会に入会し、その5年後の2012年に「経営指針を創る会」を受講しました。受講前は、宮崎氏自身が不安と闘いながら挑戦を続け、なんとか経営をしていました。社員の意見は聞かず、自分で決めた事を社員に押しつけて仕事を続ける、まるで個人商店のようでした。社長という立場でありながら、仕事上で一番大切な人は「お客様」という発想で仕事をしていました。

 経営指針を創る会受講をきっかけに、お客様に接しているのは自分ではなく給材で働いている「社員」なのだと気づきます。そして、同社の本当のお客様は、食材の決定権を持つ栄養士さんではなく、教育委員会でもない。その食品を食べる子どもたちを思い、仕事をしていきたいと変わっていきました。受講前のことを「今から思えば、とても恥ずかしく、寂しく、悲しい自分だった」と宮崎氏は語ります。

同友会での学び

 2017年で、同友会入会10年目を迎えた宮崎氏。新潟支部支部長、中同協定時総会実行委員長、副代表理事など、さまざまな役をたくさん経験してきました。その成果が、少しずつ社内で見え始めます。役を受けることで、会社を不在にする事が多くなります。社長である自分がやらなくてはと考えていたことも、社員に任せなくてはいけなくなります。無理と思っていたことも任せることで、社員がどんどん成長していきました。また、県外の同友会から報告の依頼も多くなっています。「報告をするたびに、あらためて自身を振り返る機会となり、自身の過去とこれからのビジョンを明確にすることができ、やはり例会報告で一番得するのは、報告者だと感じています」と宮崎氏は言います。

なくてはならない会社をめざして

 学校給食の仕事では、子どもの減少という顧客減は避けられないのが現実です。現に新潟市の学校給食物資入札参加業者が毎年減少しています。しかし、学校給食は無くならない。今後、高等学校の給食が始まる可能性もあります。「(株)給材に求められていることは、お客様や地域から必要とされる会社になることです。そのためにはどうしたら良いのかを、社員と共に考えていきます」と宮崎氏。

 業界の不況により、この数年同業が業務撤退するなど環境は厳しくなっています。これからは、業界内での「競争と協力」関係作りをめざし、「学校給食には無くてはならない会社を社員と共につくり上げていきたい」と話しています。

指針理念

縁を大切に絆で食に感動を
出会いを大切にし、支え合い助け合いの気持ちで
皆様に食の感動を提供します

会社概要

設 立:1968年
事業内容:業務用食品卸・販売、地場
従業員数:17名
所在地:新潟市東区竹尾卸新町801-5
TEL:025-274-1858
FAX:025-274-7718
URL:http://kyusyoku.co.jp/