【第21回】 時代は変わっても暮らしに密着した企業に マルヨしょうゆ 吉末商店 四代目店主 吉末 博昭氏(佐賀)

吉末博昭店主

マルヨしょうゆ 吉末商店 四代目店主 吉末 博昭氏(佐賀)

焦げた瓦は語る

吉末商店

 佐賀市南部の諸富町は古くは長崎・肥後街道と海路の合流点として栄え、有明海、筑後川の流域に面し、陸・海運の流通拠点として隆盛を誇りました。良質な原料、砂糖の入手が容易で、酒、調味料の醸造場が多いこの地に、黒船来航の直前の1849年から「マルヨ」の屋号で吉末商店(吉末博昭店主、佐賀同友会会員)は169年間親しまれています。

 昭和初期、町の一部が燃料製造の軍需工場へと変貌し、1945年佐賀空襲でB29編隊が2,200発もの爆撃を行い、諸富にも甚大な被害をもたらしました。当時のマルヨの店舗兼工場も全焼し、しょうゆを仕込む道具もほとんど焼けましたが、町内の人たちの懸命な協力で原料倉庫と味の焼失は免れました。72年経った現在も敷地内には黒く焼けた瓦や醸造瓶の破片が保存されており、当時を物語ります。

見えない未来を追って

商品の数々

 もろみの香ばしい匂いと樽に囲まれて育った吉末博昭氏は2016年に4代目店主となりました。県内では家族経営、または小規模での醸造場が多く、1981年に醤油の流通量と醸造所を守るべく醤油協業組合が設立され、生揚(きあげ)*を共同で醸造して各醸造場で味つけを行う形での製造が始まりました。販売は7割が御用聞き、3割が卸売の割合の形式が多く、家庭も飲食店も先代からの味を大事にする傾向にある地域です。

 吉末氏も他県での醤油づくりと併せて、当時最新の在庫管理や流通を学び佐賀諸富に帰郷しました。当時は他で学んだことを生かし、コンピューターやインターネットを導入しました。その後卸部門の割合を増やすために、町内から広く進出したチェーンスーパーとの取引が始まります。先方の業務拡大に併せて、取引量は激増し、値引き、経費、設備、融資本数増加を行い、時には他社製品も帳合いし売上金額は急激な右肩上がりを見せ、昼夜問わずに操業し続けました。既存の得意様の距離と数は離れる一方で、売上依存度も52%を超えていました。スーパーの業務拡大で「薄利でも、売上があるから何とかなる」「家族、親族、社員のおじちゃん、おばちゃんの給与増で恩返しができた」と多忙な日々を過ごすなか、結婚、第1子誕生と公私において充実していました。

*もろみをしぼったままの醤油のこと

見えていた未来?

 それは突然やってきました。取引先のたった一枚の張り紙でした。「会社更生法」…頭が真っ白になりました。近ごろ他社の取り扱いが減り、マルヨの取引がさらに増加していたこと、商品代金の支払い日と額が不安定だったこと。大得意先の空気の変化に全く気がついていませんでした。マルヨは年商と同等の負債を抱える、正に逆V字の悪化。当事者ではありませんが、取引先にも大きな迷惑をかけることになりました。

 不安に怯えるそんなとき、地域金融機関の支店長、以前のお客様が駆けつけ、緊急融資を受け、相手先への同行など「マルヨ」の味を守るために地域の方々が助けてくれることになりました。戦時中と同様、地域がマルヨを守るために働きかけてくれ、連鎖倒産は免れることになりました。

残ったもの

 負債の整理も早期に終わりましたが、親類の退職、家庭を失うなどもあり、吉末氏は心と体を病み、書く、話すことすら困難な状況となってしまいました。そんなときに同友会と出合い、経営指針づくりに挑戦しますが、過去の恐怖から未来を組み立てることが困難となり、指針作りを断念してしまいました。

 アクセルを踏むことで同じ過ちを繰り返すという恐れから、業績は緩やかな下降をし続けます。そんな中で吉末氏は、家族と自身は苦しい生活でも、社員やお得意先、地域との約束と正直さを違えないこと、信用だけは守ることに努めてきました。実際にどの行事でも世話役に徹する吉末氏の姿があり、また自社の事は口にしないにせよ、他社の成功や功績のために骨身を削って動き、自分の喜びのように語ります。当時は「吉末さん、他人のことはいいけど自社の経営をせんばよ!」と周りから言われる姿がよく見かけられました。

時代は変わっても、明るい未来の見える会社に

蔵の中

 若手に奮起され2015年に再度経営指針の成文化にチャレンジし、無事に経営指針書を作成することができました。事業も重ねてきた信用から緩やかな右肩上がりに変わりました。また、ふたたび伴侶とも出会い1人の生活から一転3人家族の温かい家庭の長として、マルヨ四代目店主としてブレーキもアクセルも自身の力で踏む経営が始まりました。

 復帰まで約20年が過ぎました。諦めていた5代目の夢もつながりました。「地域に必要とされる会社とは、時代が変わっても仕事と暮らしの時間を安心して過ごせ、他への思いやり、時間を単位として人生を見ることができる公器でなくてはいけない」と吉末氏は語ります。

 両親も体調が万全でなく介助が必要となりました。「社員も同じような悩みを抱えているはずです。介護と仕事と暮らしができる『明るい未来が見える会社』にします!先日35年間務めていただいたパートさんが退職される事になりましが、70歳を越えてまで応援してくれた方に一生懸命に貯めた退職金を渡すことができました」。笑顔で顔をクシャクシャにしながら、吉末氏は語ります。

経営理念

おばあちゃんの味 おかあさんの味 わたしの味

会社概要

設 立:1849年
業務内容:醤油、調味料の製造・卸販売
従業員数:5名
所在地:佐賀県佐賀市諸富町寺井津332
TEL:0952-47-2310
URL:http://www.morodomi.com/