【第30回】宿は人なり~社員を幸せにする経営~ (株)ホテル松本楼 代表取締役 松本光男氏(群馬)

(株)ホテル松本楼 代表取締役 松本光男氏(群馬)

 古くは万葉集にも詠まれる湯の町、伊香保。365段の石段街を中心とした佇まいは、今も変わらず温泉情緒に満ちあふれ、日常の喧噪から離れた寛ぎと癒しの時間を楽しめます。

 松本楼((株)ホテル松本楼、代表取締役・松本光男氏/群馬同友会会員)は、そんな伊香保温泉街の玄関口に位置し、伊香保に湧き出る黄金の湯と白銀の湯、二種類の泉質が楽しめる旅館です。松本氏は、2008年に娘婿として温泉旅館のことを何もわからないまま入社しますが、若女将の奥様と二人三脚で「やさしさ」と「ふれあい」をコンセプトにした気軽に泊まれる宿づくりに励んでいます。

社内改革、社員を幸せにする経営へ

 松本氏の入社から間もなくしてリーマンショックが経営を直撃。その回復の兆しが見えてきた矢先、今度は東日本大震災。年商で億単位の売上減少が続き、非常に厳しい経営状況に追い込まれます。悪い話は続くもので、その翌年には総料理長・調理部長・総支配人の大黒柱3名がそろって入院する事態に。次々と襲い掛かる苦難をどうにか乗り越えていきますが、当時を振り返って松本氏は「平均年齢の高さ(58才)、休日の少なさ(年間72日)、人事異動なしの完全分業制(一人一役)など、経営課題が山積していた」と言います。社内改革は待ったなしの状況でした。

 早速、新卒社員8名の採用をはじめ、これまでの完全分業制から一人三役のマルチタスクの取り組みに着手。しかし、急激な働き方の転換によって半年間で30名の退職者が出てしまう結果に。うまくいかないことに苛立ち、心も折れそうになりますが「辞めていった社員を恨むのではなく、今までの働きに心から感謝する」との言葉を胸に、若女将とともに諦めることなく社内改革を推し進めました。

 2013年からは、新卒採用・人財育成・従業員満足を柱にした“社員を幸せにする経営”を掲げ、毎年の新卒採用はもちろん、先輩社員が新入社員を生活面も含めてサポートするエルダー制度の導入やマルチタスクへの再挑戦、海外への社員旅行や社員の家族を旅館に招待するなど、多種多様な取り組みを実行・継続。その努力が実を結んで平均年齢30.5才の活気ある組織へと生まれ変わりました。

 また、倫理法人会の朝礼コンクール(群馬で優勝)や全国の旅館がおもてなしを競う旅館甲子園(準グランプリ)などへの挑戦を通して社員の結束力が高まり、それに伴って売上も右肩上がりに伸びていきました。「社員の成長が旅館の成長。まさにその言葉の意味を実感した」と松本氏は感慨深く語ります。売上・利益の向上が次の投資への好循環を生み出し、ロビーや食事処のリニューアルなど、さらなる飛躍に向けた土台づくりにもつながりました。

最大の苦難を乗り越えて

 万事順調だった2020年春、新型コロナウイルスによる最大の苦難が襲いかかり、2ヶ月間の休業を余儀なくされます。しかし、過去の苦難を乗り越えた経験から“社員を幸せにする経営”への思いは揺らぎません。まとまった時間が確保できない旅館業にとって、皆がそろって学べるまたとない機会と捉え、全社員対象の「松本楼学校」を開校して人財教育を徹底。また、新卒採用も継続し、3年間で22名を採用して未来を見据えた投資にも力を注ぎました。さらに旅館業では珍しい、ものづくり補助金を活用した最新厨房設備の導入やセントラルキッチンを新設。そのほかにも非接触型自動精算機やユニバーサルトイレ・キッズルームの整備、旅館初のエコアクション21取得、新たな事業の柱としてパン工房(伊香保ベーカリー)のオープンや旅館レスキュー事業(同業者支援)の立ち上げなど、コロナ前にも増して多彩な取り組みを加速させていきます。

 「ピンチはチャンス」。使い古された言葉ではありますが、コロナ禍の前夜、松本氏は若女将の奥様と「絶対にこのチャンスをものにする」と改めて確認し合ったそうです。ピンチに蒔いた新しい種は、社会経済活動が正常化していくなかで少しずつ花開いています。

会社概要

設立 1964年11月
資本金 1,000万円
従業員数 102名(正社員、パート含む)
事業内容 旅館業(松本楼・洋風旅館ぴのん)、食品製造(セントラルキッチン・伊香保ベーカリー本店)、販売(湯の花パン石段店)ほか
住所 群馬県渋川市伊香保町164
連絡先 0279-72-3306
URL http://www.matsumotoro.com/