
(有)後藤板金 代表取締役 後藤 直也氏(岐阜)
(有)後藤板金(後藤直也代表取締役、岐阜同友会会員)の取締役副社長を務める水野アイビーン氏にとって、同友会会員である後藤直也氏との出会いは単なる「就職」という枠を超え、自らのアイデンティティを再構築し、人生の目的を見いだす大きな転機となりました。
労働力ではなく「人」として

水野氏は1995年、フィリピンの電気も水道もない貧しい村で生まれました。母の結婚を機に12歳で来日しますが、日本語が分からず学校では差別やいじめに遭い、自分を守るために日本人の継父の姓である「水野」を名乗り、「自分は日本人だ」と言い聞かせながら周囲との間に壁をつくって生きてきました。高校進学後は、病弱な父に代わって家族を支えるため、複数のアルバイトを掛け持ちする日々を送ります。卒業後はトラック運転手として働くことを考えていましたが、教師の勧めで(有)後藤板金の面接を受けることとなり、そこで後に「父親のような存在」と語る後藤社長と出会いました。
これまで多くの職場を経験してきた水野氏にとって、後藤氏は「これまで出会った大人とはまったく違う存在」でした。社長は彼を単なる労働力としてではなく、一人の人間として向き合い、その可能性を信じ続けました。日本語も不十分で資格もない若者に対しても、「失敗してもいい、お前ならできる」と声をかけ、現場管理や見積もり、顧客対応といった責任ある仕事を次々と任せていきました。この「信じて任せる」という姿勢が、水野氏の心に火をつけ、本気で仕事に向き合う原動力となりました。
共に一番をめざす

水野氏の記憶に強く残っているのは、社員がまだ3人で、事務所も砂利の駐車場だった頃の光景です。その場所で社長は「5年後に新社屋を建て、かっこいいスポーツカーを置く」と語りました。
当時は夢物語のように感じられましたが、社長は現場で泥臭く働きながら夜遅くまで事務作業をこなし、その背中を見せ続けました。そして5年後、その言葉通りに新社屋を完成させ、夢を現実に変えました。この「有言実行」の姿に触れたことで、水野氏は社長への深い尊敬と、この会社で共に歩む決意を固めました。
さらに、入社3年目の忘年会での出来事も二人の関係を象徴しています。酔った勢いで「自分が先に県内一番になる」と宣言した水野氏に対し、社長は叱るどころか「いいね、じゃあ一緒に岐阜一をめざそう」と笑って応じました。この一言が、水野氏にとって「この人と共に一番をめざし、いつか超える存在になる」という一生の目標を定めるきっかけとなりました。
恩返しとしての未来ビジョン
後藤氏との出会いは、水野氏の価値観を大きく変えました。「自分がお金持ちになるため」ではなく、「技術で人を育て、社会を変える経営者になる」という新たな志を持つようになったのです。現在は副社長として、社長が掲げる「職人の地位向上」を共に推進するとともに、自身のルーツであるフィリピンと日本を技術でつなぐ「技術継承プロジェクト」を構想しています。かつての自分のように境遇に苦しむ若者たちに、挑戦の機会を提供する存在をめざしています。
水野氏の歩みは、「人は期待され、信じられることで、境遇に関わらず成長できる」ということを体現しています。そしてそれは、単なる個人の成功物語ではなく、後藤板金が大切にしている「人づくりの本質」そのものです。
後藤板金は、人を労働力としてではなく、一人の可能性ある存在として向き合い、信じて任せ、成長を支える会社です。その積み重ねが、技術だけでなく人としての価値を高め、「職人の地位向上」という理念の実現につながっています。
人が育ち、人が輝く。その先に、企業としての成長と社会への価値提供がある。水野氏の挑戦は、その象徴であり、後藤板金の未来そのものです。
これからも後藤板金は、人を育てることで社会に価値を生み出し続ける企業として、新たな可能性に挑み続けていきます。
| (有)後藤板金 | |
|---|---|
| 設立 | 1996年8月 |
| 創業 | 1970年7月 |
| 資本金 | 2,000万円 |
| 社員数 | 13名 |
| 事業内容 | 屋根板金葺き工事、外壁板金貼り工事、リフォーム板金工事、雨樋工事、雨漏り修理、太陽光発電システム設置工事 |
| 所在地 | 岐阜県美濃加茂市加茂野町稲辺430-2 |
| TEL | 0574-49-7440 |
| FAX | 0574-27-7511 |
| URL | https://goto-bankin.jp/ |










