【第14回】「笑顔は、未来を約束する」~指針(志針)実践の到達点とこれから~ (株)いれ歯やさん 代表取締役 熊谷 佳之氏(兵庫)

(株)いれ歯やさん 代表取締役 熊谷 佳之氏(兵庫)

 熊谷佳之氏(兵庫同友会会員)は、大阪の大手歯科技工所を3年で退職し、兵庫県の技工所の一角を間借りして3名で(株)いれ歯やさんを創業。順調に取引先が増え、徳島に支店を出しますが横領事件が起き、立て直しのために拠点を徳島に移したこともあって、本社神戸の売上が激減し、多くの退職者が出る事態となりました。

 なんとか売り上げを上げたいと、社員に数字のことしか言いませんでした。すると現場は安い仕事をとってきて、さらにきつい現場となり社員は疲弊していきました。会社にかかってくる電話は支払いの催促ばかりで、熊谷氏は会社から逃げるようになってしまいました。

 ついには自殺を決意し、お客さまと社員を引き取ってもらおうと、間借りしている会社の社長を尋ねると、そんな熊谷氏の状態を見透かしたように、開口一番「おまえ死ぬなよ」と言われ、「カッコつけるな。もっと周りを頼れ。甘えなさい」とアドバイスをもらい、涙が溢れました。本当に辛く苦しい時、握った拳を開かないと、次の何かを掴めないことに気づいた熊谷氏。残高20円の通帳を見せ、もう一度チャンスが欲しいと、幹部に借金のお願いをします。「人生を賭けるつもりでこの会社に入った。もう一度やり切る覚悟で取り組みたい」と幹部二人から500万円の拠出があり再起を誓い合いました。熊谷氏は会社と自身の命をつないでくれた社員のために、これからの命を使う(使命)と腹をくくりました。

労使見解、経営指針書との出合い

 同友会には2010年に入会。そして経営指針の勉強会に参加し「労使見解」に出合いました。まず学んだことは経営姿勢の確立です。過去の不祥事も社員の退職も自分の責任であり、本当は社員を信頼していなかったことに気づきました。「信用と信頼は違います。信じて用いる信用は一方通行ですが、信じて頼る信頼は双方向の感情です。社員との信頼関係の構築が会社の土壌を創っていきます。まず自らが相手を信頼しないと双方向にはなりません。社員一人一人と向き合いリスペクトすることが大切だと思っています」と熊谷氏は言います。

 とはいえ、2015年に発表した1冊目はロッカーにしまわれて終わりでしたが、心折れずに継続することが重要でした。4年目ぐらいから社員も指針づくりに参画してくれるようになりましたが、ある社員から「辞めます」と申し出がありました。「経営理念とか方針は分かりますが、私の生活は何も変わっていません」と言われショックを受けた熊谷氏。社長の思いばかりで、労働環境の整備や社員の思いについて手をつけられていませんでした。会社の未来を語っても、社員にとっては、そこに「生活の豊かさ」が見えないと自分事にはなりません。

 指針は志針であり、数字だけでなく社員やお客様の思いものせて発信していく重要性に気づかされました。

経営理念の追求とVISION2030

 (株)いれ歯やさんの理念は、「笑顔は、未来を約束する」です。テーマはシンプルで、社内に笑顔が溢れるように経営することで、社員と家族、お客様、そして業界にも笑顔が溢れるようにしたいという思いを込めています。

 理念の実現に近づくためには、「採用と教育の強化」が経営課題だと認識しており、「教育はすべての業務に優先する」ことを掲げています。そのための研修費用は掛かりますが投資と考え注力しています。「人が育つとは人間力の向上(全人格的成長)だと思います。人間力の向上とは、自主的・主体的に行動できるようになること。自主性とは自らが率先して行動することで、主体性とは自分で考え、判断して行動すること。また、その行動に責任を持っていることと考えています。その意味では自主性が育ってこそ主体性が生まれます。この間の社員の成長ぶりを見て、課題解決能力が高まってきたと感じています」と熊谷氏は語ります。

 まだまだアナログ的な職人体質の強い業界ですが、最新技術の導入やデジタル化による仕事の見える化、標準化などにも積極的に取り組み、居心地のいい職場づくりを進め、長時間労働が当たり前の業界で労働時間の短縮も実現できています。

 「VISION2030」において、2025年に新しい事業領域へチャレンジし、2030年グループ全体売上30億円を目指すことを掲げました。熊谷氏は社員と共に全力で挑戦していきます。

(株)いれ歯やさん
設立 2006年
資本金 700万円
社員数 35名(内パート、アルバイト11名)
年商 3億円
事業内容 歯科補綴の製作、歯科医院に補綴物の納品
住所 神戸市兵庫区中道通1-3-1中道ビル3F
電話番号 078-512-1088
URL http://irebayasan.co.jp