(株)高橋産業 代表取締役 高橋修平氏(島根)
(株)高橋産業(高橋修平代表取締役、島根同友会会員)は、1972年(昭和47年)、松江市宍道町にレストランとして創業し、後に鉄工所を設立。その後、鉄工部門と飲食部門を統合し、多品種少量の生産に特化した部品を製作する精密機械加工の会社に成長しました。
代表取締役である高橋氏は、結婚を機に義父の経営する(株)高橋産業に入社。異業種からの転職であり、全くゼロからのスタートでした。入社12年目の2013年に3代目代表取締役に就任しますが、経営者として学ぶ機会のないまま社長に就任したため、最初のころは専務(妻:佳子氏)に経営全般を任せきりにしていました。工場の日々の運営に忙殺され、加工機械を覚えることや製品を考えることで手いっぱいでした。高橋氏は、経営計画や経営の本質について理解する余裕は無く「数字が全く分からない。経営とは何なのかが分からないまま社長に就任した」と振り返ります。
この状況は会社全体にも影響を与えました。社員の定着率が悪く、専務との摩擦もありました。思い悩む中、専務のアドバイスや地域の先輩経営者からの厳しい一喝を受け、自らも変わろうと経営指針成文化を決意します。
これまでの「他人のせい」にする考え方から、「自分事」として捉えて実践するよう自己変革しました。会社の理念を「社員第一」に改め、社員の夢実現を掲げ、幹部と共に成長をめざす方針を打ち出しました。女性の積極採用や社員の意欲向上に向けた取り組みを進め、新たな風土を築き上げることをめざしています。
社員とのコミュニケーションと信頼構築
それまでの「専務発信」から「社長発信」へと変わり、「社長が言ってるからやろう!」と社員の姿が変化していきました。これまで20年近く行っていた環境整備のおかげで、変化や新たな挑戦への社内の抵抗がないことも強みとなっています。今では、社員たちも主体的に経営理念を受け入れ、新しい取り組みに積極的に参加するようになりました。社員一人一人が会社の一員として認められ、共に成長していく姿勢が根付き始めています。
また、社長と専務が価値観を共有できたことで、明るく率直なコミュニケーションを通じ、社員が明るくなったと感じています。社員の意見やフィードバックを重視し、その成果としてあいさつや笑顔が風土となり、お互いに感謝を伝え合う「ありがとうカード」など社員との交流活動が定着しています。ありがとうカードについては「あれはラブレターですね」と社員が言ってくれます。さらには、委員会活動を社員自発で行い、同社のロゴマークの再構築や新たな挑戦への柔軟性も発揮され、社内外からの評価を集めるようになりました。
経営者として、業務だけでなく社員たちとの交流を大切にし、一緒に「楽しむ経営」をめざしています。例えば、トイレ掃除をする際にも、インスタグラムでライブ配信を行うなど、日常的な業務を社員と共有し楽しむ姿が見られます。こうした活動を通じて、会社全体が一体となり、共に喜びを分かち合う文化が育まれています。
自己変革によるリーダーシップの変化
高橋氏は、専務との関係を通じて自己変革していく過程で組織全体の改善に取り組む姿勢に変わり、社員第一の姿勢によって社員の士気や定着率が向上、会社全体の生産性と創造性が高まりました。高橋氏は、経営者としての自己変革と社員との共創を通じて、会社を持続可能な未来に導いています。
「みんな社員さんのおかげです。社員さんはよきパートナー、よき理解者で、社員さんと一緒だったら何でも乗り越えられると実感している。社員さんに教えてもらって、助けてもらって、 育っていく。われわれが楽しまないと、社員も楽しめない」と社長と専務で声を合わせます。
専務の佳子さんが出演してのトイレ掃除ライブは伝えたい思いの詰まった10分間で、社員さんと共に「楽しすぎました」と満面の笑み。それをうれしそうに見つめる高橋氏。そこに社員の幸せを大切にする社風づくりがありました。
(株)高橋産業 | |
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創業 | 昭和47年8月 |
設立 | 昭和55年4月1日 |
資本金 | 600万円 |
業務内容 | 精密機械部品製造 |
社員数 | 20名(内パート3名) |
所在地 | 松江市宍道町佐々布868-16 |
URL | https://www.takahashi-sangyo.jp/ |