【第42回】“原点回帰”が古くて新しい麹の魅力を引き出す~「SHIMONO528(しものこうじや)」がつなぐ人と地域の食文化~ (株)麹屋もとみや 代表取締役 本宮 啓氏(岩手)

(株)麹屋もとみや 代表取締役 本宮 啓氏(岩手)

工夫で家族の団らんを彩った時代

 麹屋もとみや(本宮啓代表取締役、岩手同友会会員)が創業した当時、街道の宿場町としての安代地域の経済は松尾鉱山を中心にまわっていました。鉱山での過酷な労働の中での夜の一杯、そして食事は地域の人々にとっての唯一の楽しみでもあり、味噌醤油、酒のもととなる麹は人々から珍重され、なくてはならない食の中心にありました。

 岩手県北地域は冷涼な厳しい気候の中で、安定した米の収穫は十分ではなく、寒さに強い雑穀や蕎麦で食卓を賄うことも多くありました。その中で少しでも子どもたちと家族の団らんを楽しいものにしてほしいと、母親たちが麹を生かし工夫して貴重な野菜をおいしく調理し、食の豊かさを彩っていった歴史がありました。その真ん中にあって、地域の各家庭の食卓をつないでいたのが、麹屋もとみやでした。そして店を中心に人が交流し、地域の食文化を豊かにしてきた歴史がありました。

止めどなく出てくるアイデア

 こうして90年以上にわたり地域と人とを麹を通してつないできた環境が、コロナ禍で一変し、イートインを併設する店舗を新装することになりました。その時、現四代目社長の啓氏がまず始めたのは「現場の社員の声をすべて聴く」ことでした。プロジェクトを組み製造現場や総務、営業から社員に出てもらい、時に外部の人にも入ってもらい、現場で感じていることやアイデアをワークショップを重ねて、すべて声に出してもらいました。すると「店を新装するなら、この店があってよかったと心から思われるような商品やサービスを提供したい」と、社員から数え切れないほどのアイデア出てきました。

10年前に取り組んでいたレシピが形に

 出たアイデアの一つが麹をフルに生かしたファストフードです。社員には主婦も多く、「子もたちに何かご褒美を」と思っても、子どもたちがドキドキするようなものが地域にはない。「だったら作ろう」と、出てきたのが麹と地元産の素材をフルに生かしたハンバーガーでした。

 実は10年前、岩手県の工業技術センターに通い、麹の新たな魅力を発見しようと試みていたのは先代社長でした。麹パウダーを使用し、パンに練り込み発酵させるものです。外側はカリッとしていて中はしっとり、麹の風味がふわっとする試作品は大好評でした。そのレシピを使いバンズを焼き上げ、中身のハンバーグは岩手県固有の短角牛を麹で柔らかく仕込み、ソースには麹と海の藻塩「のだ塩」を使った力作ができあがりました。原料も作る人たちもすべて岩手県産。麹の新たな魅力が引き出された瞬間でした。

「しものこうじや」への原点回帰

 幾度となく繰り返した社員とのワークショップから生まれた新たな店舗の名前は「SHIMONO528」。一見新しいネーミングに見えますが、実は読みは「下(しも)の麹屋」。啓氏が小さいころ、「どこの孫だ」と聞かれると屋号で「下(しも)の麹屋」と応えると地域の誰でもわかりました。まさに94年前に初代が創業したときの原点、「地域になくてはならないの麹屋」の由来そのものです。

 社員とのワークショップからは、新たに30代の働く女性をターゲットにした「kiik(きーく)」というブランドも生まれました。ネーミングの原点は「麹」の音読みキク、そして啓氏が壁にぶつかり、そして解決の糸口となった「聴く」こと。麹の強みは人をつなぎ、食をつなぎ、みんなを笑顔にできること。ロゴも笑顔が見えるデザインです。

耳を傾け、食をつなぎ、皆を笑顔に

 販売する商品もすべて、社員と話し合いながらそろえていきました。「大切に育てて下さる農家さんがいるから、私たちが食べられる。『地域のおいしい』をつないでいこう」と、地元二戸で栽培された無化学肥料米「きらほ」を玄米で販売するコーナーを設けたり、県内一の出荷量を誇る青色の鮮やかな「りんどう」を使用した「りんどう染め」製品を特設したりと、すべて店内は「地域と麹」をつなぐものばかりです。

 啓氏は話します。「私たちの原点、ルーツは『そのお声にどう応えるか』。地域の方々のお声に耳を傾け、お一人おひとりをつなげ地域全体に広げること。そうして食の豊かさを変化させ広げてきた。もっと知るためには、もっと聴いて、もっと広げること。そのために人との関わりをより強く持っていきたい。『あの人に心から食べさせたい』と言われるものをつくりたい」。原点をより深く見つめ、人々の心の声に耳を傾け行動すること。ここに新たな時代へ向けた麹の魅力を引き出す核心があります。

会社概要

事業内容 麹・味噌製造販売、体験教室
創業 昭和5年
資本金 300万円
社員数 19名
URL https://kojiyamotomiya.com/