
(有)穴山電機工業所 代表取締役社長 穴山 弓恵氏(秋田)
創業99年を迎える老舗
(有)穴山電機工業所(穴山弓恵代表取締役社長、秋田同友会会員)は電動機巻替、修理業を生業として、1926年に創業。今年99年を迎える老舗企業です。前社長の義父は代表取締役会長として存在し、2人代表の会社でしたが、2025年6月会長職を勇退し、現在は取締役となっています。
業務形態は現在、天井クレーン・ホイスト・環境クレーン(バケットクレーン)・コンプレッサ、立体駐車場のなどの保守、修理を担いその技術力は、機械メーカーをもうならせ、コンプレッサについては秋田県に1社しかない指定サービス店となっています。
人生の転機、経営者として挑む

穴山氏は、義父のご子息との結婚を機に2001年秋田に移住。3人の息子たちの子育て中であった2013年、毎日疲労感を吐露していた夫が33歳の若さで突然帰らぬ人となってしまいました。当時の会社は、師弟関係が強く、休みはお盆と年末年始のみ、仕事がある限り休まず対応するという法規が通用しない働き詰めの会社でした。
突然後継者を失ってしまった会長は穴山氏に、名前だけでいいからと2021年取締役を打診。そして2022年には「会社は現状のままでいいから、代表取締役として名前だけ貸してくれないか」と打診されました。穴山氏は、自分の息子(穴山さんの夫)を失っても会社の体制を変える必要性に気づかない会長の姿勢に怒りを感じつつ、「代表取締役社長として登記をするなら、無責任な立場で応じることはできない。責任ある立場として会社をよくしていきたい」と決意をぶつけ、4代目の代表取締役社長に就任。高校生となった長男が「この会社で働いてみたい」と口にした一言が、会社を立て直さねばという思いをさらに強くしました。
社員が「学んで気づく」ことでこんなにも会社が変化するのだ

社長就任後の2023年、同友会に入会。2024年の6月に、「経営指針を創る会」(以下、創る会)を受講します。「この会社をなんとかしなくてはいけない」の一心でのスタートでした。受講後に毎回課せられる宿題に、社員全員を巻き込まなくては前に進めない状況が、社内を少しずつ変化させ始めました。
会社の現状をSWOT分析で強み弱みを出し合い、社員同士が交わって話をする場も増加。自分たちの会社は何のためにあるのか、どんな使命感があるのかにも改めて気づく機会になりました。
そして、創業以来会議などしてこなかった会社が、会議をし始めます。特に古参社員が積極的な参加姿勢を示し、社員全員が必ず一言話すことを決まりとして、司会と書記の役割も持ち回りで回し始めました。朝礼も毎朝行うようになりました。
また、会社のお金の流れを知る勉強会を、顧問税理士事務所と共に、毎月の月次決算、MAS監査を行い、粗利についての理解を深めています。月次決算の数値に異常値があった場合にはその原因の根拠を探すまでになり、自分たちの担う業務がお客さまからいただくお金と密接に関わっていることを理解し、粗利を注視した見積書の作成へと結び付いていきました。「社内が少しずつ明るい雰囲気に、自分たちの仕事にさらに誇りを抱いているように感じる」と穴山氏は話します。
経営者の姿勢をしっかり見てくれていることへの感謝

穴山氏は「現在業界は、家族経営が多く後継者がいなくなるとサービス店は閉鎖です。業界全体の底上げも課題だと思っています。創る会で経営者の責任を、経営環境の言いわけにすることなく経営を維持し発展させる責任があると学びました。その姿勢を正し、社員と本気で関わること、本心や価値を誤解なく伝える、人生をかけて取り組むことが大事だとも教わりました。社内でもやっと人間らしく働ける環境を整えつつあり、まだまだやることはたくさんあります。アルバイトで会社に来ている息子の友だちが、『いろんな経営者と触れ合って会社をよくしていこうとする社長の下で働きたい、ここの会社は楽しい。けれど両親は名の知れている会社に行きなさいと言う。絶対この会社の方がいいのに』と言ってくれ、他の会社を見てやっぱりここで働きたいと帰ってきたらしっかりと対応するからねと伝えました」と話します。
「社長が動けば変化が起きるのですね」と、これからの企業づくりを見据えています。
| (有)穴山電機工業所 | |
|---|---|
| 創業 | 1926年 |
| 設立 | 1979年 |
| 資本金 | 500万円 |
| 社員数 | 14名(役員・パート含む) |
| 年商 | 1億9,000万 |
| 事業内容 | 機械修理業、保守点検、機械器具設備工事、電気工事等 |
| 住所 | 秋田県秋田市土崎中央2丁目9-28 |
| 電話番号 | 018-845-1434 |
| URL | http://www.anayamadenki.co.jp/ |










